【特集】萩の肉 「地域おこし協力隊」花田 康章(はなだ やすあき)さん

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見島で飼育されている見島牛は昭和3年に国の天然記念物として指定されました。西洋種の影響を受けていない日本の在来牛は見島牛と口之島牛(くちのしまうし)の2種しか残っていません。今回は、見島牛を、見島で飼育されている地域おこし協力隊見島支所の花田隊員に会いに行って飼育についてお話を伺ってきました。

 

見島牛とは(【特集】萩の肉 「みどりや」代表取締役 藤井輝雄さん 参照)

日本の牛は、弥生時代から稲作と共にアジア大陸から朝鮮半島を経て、九州や中国地方に上陸したと言われています。「見島牛」は、萩・見島が日本海に浮かぶ小さな孤島であったために、他品種と交わることなく「日本在来牛」の純血と原型を保ち続けています。そのため、見島で飼育されている見島牛は極めて貴重な牛として昭和3年に「国の天然記念物」に指定されました。

【年表】

1928年   日本で唯一の純粋種として「国の天然記念物」に産地指定。

1932年   最盛期には約700頭が飼育。年に1回の子牛市場も開催。

1962年   農業の機械化により役用牛としての地位を失い頭数が減少。

「見島牛保存会が発足」増頭に取り組む。

1974年   31頭にまで頭数が減少。

2005年   90頭まで頭数が増加。

ご出身はどちらですか?

北九州の小倉です。大学(至誠館大学)からは萩でした。大学後は北九州へ戻りましたが、また萩に住みたくて探していたところ、萩市協力隊の募集をみつけ応募しました。私は7人兄弟の2番目で兄弟が多かったので、子供の頃は母親が出産となると四国の祖父母のところによく預けられていました。その当時に四国で遊んだ自然での暮らしがとても良かった。その頃から将来は自然豊かなところで暮らしたいとずっと思っていました。

何故、見島で見島牛の飼育だったのですか?

実は牛というこだわりはなかったです。ですが天然記念物の保存というミッションに魅力を感じ、生活環境としても仕事から遊びが全部完結できる場所を探していました。都会にいると何をするにもお金がかかるじゃないですか?もともと自然が好きで、海が好きで、この環境でできることが好きでした。見島ならやりたかった生活が全てできる環境だと思いました。見島を下見に来た時に、見島に来たらこんな生活をしようと思い描いていましたが、その生活を今実際にできているので幸せです。

育ちの中で、牛を育てる経験はありましたか?

全くないです。ド素人からです。最初は見島牛を育てている方に、1年間ついて見島での飼育を覚えました。雄牛が暴れると危ないので、最初に雄牛に対する接し方を教えていただきました。雌が発情している時などは特に注意が必要です。雄牛と雌牛は全く違う生物と思っています。雄牛は馴れ合いは禁止。自分より強いか弱いかを人間にも試してきますよ。怖がっている人は何をするか分からないので、1番反応するんです。餌の量も全く違います。雄牛の方が倍量食べます。主な餌は牧草で、私は海外産の乾牧に頼らずに100%見島産の牧草にこだわっています。繁殖用の雌牛は太らせたら妊娠しにくいので太らせないようにしています。

 

経験のなかった牛の飼育、しかも天然記念物「見島牛」を飼うことについて不安はなかったですか?

天然記念物を育てることに対して、プライドと使命感を持っています。見島に来て最初に現地で保存会会長(師匠)に案内してもらった時に、師匠の熱意が伝わりました。こんな風に師匠が守ってきたものを、このまま続けて守っていきたいとすぐに決心しました。今の保存会の意思を受け継いで、これから何十年先もずっと守っていこうと決めています。飼育に関して言えば、牛からすれば人工授精も痛いし、牛の嫌がることもしなければならないし、見島牛を増やす(繁殖)ことと守ることが一番大事なので、動物が好きというだけでは務まりません。日々、栄養を考えて牧草を作ったり、できるだけストレスのない環境づくりを心掛けたり、母体にとって良い事を実行したり、受胎し辛い夏の暑さ対策、サシバエ※の対策、金銭的な問題、など課題は山積みですね。

※サシバエ…イエバエ科に分類されるハエの一種。吸血昆虫であり、牛白血病ウィルスなどを媒介する害虫である。サシバエ族の成虫は全て哺乳類から吸血して生活し、吸血性のカやアブなどが雌のみ吸血するのと異なり、雄も雌も血液を食べ物としている。

年間のスケジュールを教えて下さい。

ほとんどが牧草作りと開拓(牧草地)です。1日のスケジュールは、朝と夕方が牛の世話(エサと飲み水やり)で、2ケ所に分かれている放牧場(生まれたばかりの子牛の親子と、繁殖用の雄と雌で分けている。)にいる牛の健康状態の確認です。今は10頭飼育しています。1年前は5頭でしたが、去年の年末に保存会の高齢で牛の世話を出来なくなった方が飼っていた14頭と、自分が飼っていた5頭で19頭の世話をしていました。(飼育施設が足りないため、9頭を廃用)その間、地域おこし協力隊の給料から3か月間エサ代を出していて、12月くらいから今年の2月くらいまではまともに食事もとれず、今よりもっと痩せていましたよ。しかも、まだ牧草地の準備も出来てなくエサ代も高くつきました。休日はないです。日暮れくらいからが自由な時間です。

 

協力隊として着任される前は、どんなお仕事をしていらっしゃいましたか?

見島に来る直前は、自分の限界値をあげるために、きつい仕事をしてみたかったのでトロール船※に乗っていました。24時間操業で魚で船が満杯になるまで働く、体力的にも精神的にもかなりきつい仕事です。冬の日本海は最もきついのですが、自分を試すためにあえて選び、電話一本で船に乗りました。2時間おきに非常ベルで起こされ、24時間ずっと働きます。網を下ろしている1-2時間だけ寝れるのですが、寝る場所も人間がやっと1人横になれるくらいの空間を与えられ、そこで寝ました。本当に過酷な環境です。新人は船底からロープで氷をあげる仕事(氷上げ)で手の皮が4枚くらいむけて腫れあがりグローブみたいになります。苦しいでしかない日々でした。アカムツ漁の禁漁期が終わって1回目の時は3日間くらい寝れないほど忙しいんです。トータルで半年間働きました。そのおかげで、今は何があっても笑っていられる。幸せいっぱいです。

※トロール船…トロール網を使用した漁業のための漁船のこと。底引き網漁。トロール網は魚網の一種で、海底や調定された深度をさらうものである。この網を使う漁業・漁法がトロール漁業、これを行う漁船がトロール船であり、それら三業いずれも「トロール」と略される。

今後の展開など教えて下さい。

見島牛飼育についてたくさんある課題の中でも一番問題なのが、高齢化のためこれから飼育する農家がどんどん減っていくことです。もし何かあったときに、牛を入れることのできる施設が欲しいと切実に思っています。今は野外を使って飼育(放牧場のような)していますが、水(500lのタンク)を運ぶことひとつとっても大変な現状です。効率的に牛を飼える牛舎があれば、もっと環境良く飼育できますし、もしものときに備えられます。実現するまでに時間がかかるので、根気強く訴え続けていきます。

先程、お話の中で夜の時間がお休みだとおっしゃっていましたが、どんなことをして過ごされていますか?

主に魚釣りをして過ごしています。地域の方や自衛隊の方と楽しく過ごしています。日中であっても、合間を見つけ野菜・シイタケの原木栽培・果樹の栽培・養蜂等も行っていて、見島牛の保存活動との組合せに適した仕事を模索中です。

 

+Photos+ 萩市地域おこし協力隊 上田 晃司

これから見島に移住したいという方にメッセージをお願いします。

普通に考えて離島での生活は不便なのかなと思います。ですがその不便と向き合い工夫していく生活が私は好きです。私のやっていることを知った都会の人が「僕も私もやってみたいな」と思ってくれたらいいです。週末の度に島からどこかへ遊びに行ってしまうような人はちょっと…、見島での生活が好きな人に来て欲しいと思います。興味あれば未経験でも良いから何かのきっかけになってくれたらいいです。ただ、ここ最近は観光客のマナーが悪いんです。不法侵入という言葉を知らないのか…勝手に人の敷地内(牧場)に入ってくる人がいる。見島牛を見てみたいと思ってくれるのは嬉しいが、どこの牧場でも知らない人が入ってきていいところはないです。それなりの設備を用意をしているところじゃないと、牧場内の見学許可は難しいと思います。島外から来て靴底に菌がついたまま牧場に入られると、牛が病気になってしまいます。見島は獣医が居ない島。処置が遅れ死んでしまう事も考えられます。島に4頭しかいない種雄牛が1頭でも死ぬと全て計画交配が狂ってしまいます。余裕があるところは柵を作って看板を作れるが、ここには資金がなく、毎日のエサを集めるので時間も足りない。天然記念物を守るための最低限のマナーは守って欲しいと思います。

 

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