【特集】萩のカフェ「俥宿 天十平」

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萩城下町の一角にある江戸時代の旧家をそのまま使ったギャラリー&カフェ「俥宿 天十平(くるまやど てんじゅっぺい)」を運営される、中原万里さんにお話を伺いました。

ギャラリー併設のカフェというスタイルは、どのようにして出来上がったのですか?

一番の分岐点は夫と結婚したとき。当時、夫は路上で人力車を引っ張っていたんです。限界はいずれ来る、肉体的にも精神的にも。どうにかして、東屋でいいから待機できる場所を確保したほうがいいだろうなと思って、OLをする傍ら、空き家をあたったんです。この近くでちょっと休めて、人力車の屯所となるような所を探したんですけど、意外に無かった。

長期戦で探そうと思っていたところ、たまたま久保田家住宅というところがあって。今は文化財です。そこのご主人が「いいよ。」と言って下さって。建物はすごく傷んでいたので、お客様に上がってもらえる状態になるまで、半年かけて修理しました。座を張り替えたり、畳を替えたり。

改装はご夫婦おふたりでですか?

はい、もうやるしかない。夫はね、人力車も作るんですよ。日本で数少ない人力車の職人です。自分で作れるぐらいだから、やる気になれば家のこともできるだろうと。コツコツとやれる範囲で改装をして、半年後ぐらいでなんとかお客さまに上がってもらえる状態になりました。

もともと東屋を探していたので、屋根があって本当に三畳間くらいの場所があればよかったんです。久保田家住宅は今の家と同じくらいの広さがありました。6畳間が2部屋と8畳間が2部屋。このだだっぴろい空間でお客さんに待ってもらうのも寂しすぎる、困ったねって。部屋を仕切るなど、プランもありました。けれど、夫の夢に乗っかって一緒にお店をやってみようかと。自分たちの好きなものでも並べてみるかと始めたのがきっかけです。

そのようなきっかけがあり、ギャラリーになっていったのですか?

好きで自分たちが扱いたいものをとにかく集めて。あそこの和紙が好きだから、ちょっと取り寄せて、とか。フリーマーケットのようでした。骨董も好きだったので、知っているところの物を見て置かせてもらおうと、委託だったりいろんな形でスタートしました。当時、久保田家住宅は文化財の申請を出していたけれど、多分あと20年は順番が回ってこない。その間に色々試してみて、また次のところを探せばいいやと思っていたんですね。そしてせっかくだからと、ここを使って色々なイベントや演奏会もやりました。

そうしていたらタイミングが合致して、1年後にはもう文化財になっちゃったんです。すぐ出なきゃいけなくなって。いろいろ移り先を探していましたが、資金もなく、すぐには無理よねと思っていたら、たまたまここにご縁がありました。

久保田家住宅での1年半がなければ、ここが空いていても絶対に決断はできなかったと思います。25年前ってまだけっこうな数の観光客が萩に来ていました。当時は人の多さでお客様がゆっくりと物を見るとか、ゆっくりできる空間にはなり得なかった。すごくありがたいことだったんですけど、もう少しゆっくりとお店をやりたい、ゆっくりと好きなものを紹介したいよねと考えていたとき、たまたま、久保田家住宅が文化財になり、もう出なきゃとこちらに引っ越してきました。

ここでも、今と同じように萩焼や和紙、お洋服とか、好きなものをセレクトして置いていました。3年ぐらいして、あ、個展もできるんだと、作家さんの。もしかしてお願いしたらここで個展をやってもらえるのかな、という発想になり、好きな作家さんのところに飛び込んでいきました。

ラッキーだったのは、萩という場所にはほとんどバッティングするお店がなかったことです。ギャラリーがない。田舎の可能性はそこです。実績はないけどアートが好きな気持ちとやる気だけはあったので、向こう見ずにグイグイ行けたのも幸いしました。

 

 

お店のコンセプトを教えてください。

ギャラリーというのも憚られるくらい、本当にモノが好きなお店だというだけで。「売れなかったらうちが買い取る」くらい好きじゃなかったら怖くて個展は開けなかった。まず、とにかくお客様が楽しんで、作家さんを知ってもらう。うちじゃなくてもどこかで見かけたときに、あ、俥宿さんで会ったこの人の作品だな、今だったら買えると、いつか、いつかのタイミングで思い出して買ってもらう。

お客様とモノとを繋ぎたいというのがうちのコンセプトです。モノなんだけど、その人にとっては人生をちょっと変えてくれたり、そのきっかけになるぐらいエネルギーのあるモノを紹介したい。それをお客様に知ってもらえて、楽しんでもらうことが私の役割なのかな、と思います。

知識や理屈よりも、無性にこれに惹かれるのはどうして、とずっとぼんやり考えていると、その後ろにある作家さんの姿勢や情熱が見えてくるんですよね。作り手が見えてくる。

その人の暮らしをちょっと変化させるぐらいのモノをこれからも紹介していきたいと思います。

お子様のころから、情熱的なところはありましたか?

子どものころから、何となくアートや器が好きでした。夫も器が好き。当時、夫は人力車の車夫で私はOL。土日は忙しいから、平日、いっしょに福岡のギャラリーを回っていました。

あの頃の私は、「何かを買ってもらおう」と勧めるということが絶対にできないタイプだったんです。おべんちゃらも言えんし。そういう風な捉え方しかできなくて。

あ、そうじゃんないんだなって。買ってもらうとか、もらわないとかそこにフォーカスするんじゃなくて、とにかく好きなものをただ単に紹介していくことだけに集中すればいい。それならできる、好きなものについて話すことは出来るというのがあって。本当は商売には全く向いていないと思うんですよ。でも、人と話すことはとても好きでした。

とにかく本当に見て、触れてほしいと思う素晴らしいものっていっぱいあるんですよ。そのひとかけらですけど、たまたまうちで縁があって好きだなあと思ったものを、誰かがいいねって言ってくれるのが一番のギャラリーの醍醐味。

 

 

作家さんとは、どこでお知り合いになるのですか?

スタートはギャラリー巡りをしていた時に好きだった作家に次々オファーをして。その作家から徐々に縁が広がった感じです。今はネットで検索ができるから便利ですよね。好きな作家を追いかけていたら、数珠つなぎで、今、どこでどの作家の個展やっているかを見られる便利さがあって。ここのセレクト好きだなあと思うギャラリーをインスタとかでフォローして見ていると、好きな作品に出会えるんですよね。他のギャラリーのページを見ていて、あ、この作品好き、と思ったら、やっぱり同じ作家なんです。そうしたら、あ、もう行かなきゃって。直近で個展があるところを探して、即ダッシュ。実際に触れてみて、心に響いたら押しかけます(笑)。

萩というこの土地は強さがある。声をかけた作家によっては、「個展を開くギャラリーを増やさずに、ゆっくり丁寧に仕事をしていこうと思っているのよね」と言われる。そのあと、「萩ってそういえば行ったとないのよね、考えてみようかな」と。また日を置いて、今度はその作家のアトリエに出かけていく。そうやって、しつこくタイミングを手繰り寄せるって感じかな(笑)。

作家によってはテーマをくださいと言う方もいる。新しい創作の火をつけて欲しいという感じ。でも、よく知っている作家には「今、一番作りたいものでお願いします」と声をかける。作家って気持ちが乗っているときはそこに集中されるので、お任せしたほうがいい場合もあるし、逆に、何でもできる作家にはお題を出して、新しい表現をお互いにドキドキワクワクしながら楽しんだり。生まれてくるのは作品という物質なんだけど、作品ってその作家のエネルギーのカケラなんだと思っています。

予想どおりの作品が出来上がって来るんですか?

作品の入った荷物が作家からきて、箱を開けるときが一番楽しい。「えー!こう来たかあ」と思う物が届くときが、やっぱりいちばん面白い。不思議とそういうものから嫁いでいく。展覧会に来られるお客さんもそういう面白さを求めている人が多い。無難なものよりもその人が感じるパワーをくれるもの。買うものって今の自分のエネルギーに近いものを買うんだとも言われています。

河井寛次郎だったかな、「物買ってくる、自分買ってくる」という名言があります。モノなんだけど、このモノの中には今の自分がどこかに入っている。自分のエネルギーのどこかと反射していて、それを買ってくる。だから大昔、買ったものと今欲しいものとは微妙に違ったりして、変化しているわけですものね。

 

最後に、モノとの接し方について教えてください。

これまで様々な作品やアンティーク、民芸に触れてみて、モノなんだけど、モノじゃないものもたくさん存在していると感じました。
好きなモノを身銭を切って自分のものとして、それを実際生活の中で使ったときに何を発見するか。そこまでを一緒につきあうという、モノとの接し方をして、初めて見えてくものがある。

ここは美術館ではないから、生活の中で、みんな一生懸命働いたお金で求めてくれて、それを自分のおうちに持って帰ったときに、どのように対話できるかとか、モノから何を感じられるかというのは、その人、その人によって違うので。だから、好きで求めたのに、家に持って帰ったらどうもなんか違うと感じる、それもアリなんです。

なんか違うと感じたら、好きという人にあげたらいい。やっぱりモノって、求められていくところに収まるのが一番いいし、うちのギャラリーでも、そのモノが気持ち良く収まる場所っていうのがある。ここでないと居心地悪いよね、みたいな。どこに置いても大丈夫という作品もあるけど、やっぱりどこに置いてあげるかで見え方がまったく違うんです。

モノ同士の相性もあると思うけど、20数年、好きな作家のものを扱っていると、みんなもうね、仲間(笑)。バラバラに見えても「好き」にはどこか通底するものがあるんでしょうね。

 

好きなモノや人に囲まれて、しかもそれを生業として暮らしていける、本当に有難い仕事だなあと、今さらながら感じています。
これからも愛ある偏見で、モノだけどモノじゃない、小さなアートを紹介していければと思います。

 

個性豊かな作家の作品と大正時代の洋館で、自慢の紅茶とスコーンをお楽しみください!

 

店舗情報については

⇒食べる/俥宿 天十平をご覧ください。