萩のつくり手 <第31回>
「山口あぶトマト農家」高橋 伸匡(たかはし のぶまさ)さん

縁もゆかりもなかった山口県萩市へ移住し、トマト農家とシステムエンジニアの2足のわらじを履いてご活躍されている高橋 伸匡(たかはし のぶまさ)さん。
夏はトマト栽培、冬はシステムエンジニアの仕事をし、農業にIOTも取り入れています。その多彩な活動についてお話を伺いました。
※IOT・・・Internet of Thingsの略。様々なモノがインターネットにつながり、相互に情報をやり取りする仕組みのこと。
―出身はどちらですか?
大阪府枚方(ひらかた)市です。でも、そこに住んでいたのは、小学校に上がる直前まで。父の転勤で小学校1年生から5年間ほどオランダに住んでいました。小学校は、近くに日本人学校がなかったのでオランダの現地の学校に通っていました。その後、一旦日本に戻ってきましたが、次はシンガポールへ転勤になり、中学1年生から高校1年生まで住んでいました。シンガポールでは、日本人学校に通っていて、高校2年生から日本の高校に編入しました。父は工業用チェーンのメーカーに勤務していて、仕事柄、海外への転勤がありました。
―どのような子ども時代を過ごされたのですか?
幼稚園の頃は、京阪(けいはん)電車の運転手かバスの運転手になりたいと言っていました。電車や乗り物、機械が好きでしたね。
―学生時代に取り組んだことは何ですか?
シンガポールに住んでいた中学時代は、陸上部で中距離走をしていました。運動部ではありましたが、当時「エヴァンゲリオン」が流行っていて、日本の漫画やアニメにも熱中したオタク少年でもありました。高校時代は演劇部に入っていたこともあります。
高校2年生から同志社国際高校に編入したのですが、学校にはコミュニケーションセンターという図書館のような場所で、パソコンなどのIT機器が使える施設があり、そこでWindows95やWindows98のパソコンやインターネットに出合いました。当時、好きな女の子と二人専用のチャット(リアルタイムで文字情報を入力して会話するコミュニケーションツール)を作るためにプログラミングを学び、WEBサイトを作ったりして、ITの世界にどっぷりはまっていました。
高校卒業後は、付属の同志社大学経済学部へ進学しました。大学2年生のときに情報システムを学べるゼミに入り、プログラミングやITがどのように社会に役立っていくのかを学び、システムエンジニアを志しました。小さい頃から機械が好きで、ものづくりが好きで、プログラミングでものを動かし、社会に役に立つことをしたかったというのが原点にあります。
―その後は、どのような道に進まれたのですか?
就職試験では、重工業から商社まで200社くらい受けました。最終的に、NTT系列のシステム開発会社・NTTコムウェアに就職しました。2004年に入社し、2016年6月末退社。勤務地は主に東京で、12年3ヶ月ほど働きました。2016年7月からは、萩市地域おこし協力隊に着任しました。配属先はむつみ総合事務所。むつみの農業とコミュニティー活動を支援する活動をしていました。
―萩市に移住するきっかけは何だったのでしょうか?
縁もゆかりもなかった山口県とつながるきっかけは、大学時代の親友です。彼は、自分と同じエンジニアとして就職したのですが、エンジニアを辞め、祖父の出身地である阿武町に「孫ターン」したのです。
萩市に移住する5年前の2011年の夏休みに彼を訪ねると、青い海が広がり、美しい山々に囲まれた風景に感動し、親友が地域の人たちとわいわいやって、白菜や魚をいただいて「今夜は鍋だ」なんて盛り上がる物々交換の世界が新鮮で、うらやましくなりました。それからは、東京のふるさと回帰センターの山口移住相談員の方を紹介され、東京で萩・阿武の特産品を販売するイベントに顔を出すようになったのです。
親友の住む阿武町へは、新幹線でいったり、飛行機で行ったり、夜行バスで行ったりしたのですが、最後は自転車で行ってみました。萩を知ったのは、阿武町に何度も通ったことがきっかけです。
―移住を決断したのはなぜですか?
2016年のゴールデンウィーク明けぐらいに、本当に萩市に移住することになりました。
会社を辞めて移住する決断をした理由は、仕事がひと段落したこと。AR(拡張現実)アプリのサービス企画を担当し、リリースして黒字化までできたので、やり切った感じがありました。どのようなアプリかというと、スマホで写真を撮ると、その写真が動き出すというものです。
その頃から、満員電車で毎朝オフィス街に運ばれていく生活に虚しさを感じるようになりました。「もっと生きることに必死になりたい。生きることに直結する仕事がしたい」という気持ちが芽生えました。そして、生きるために必須の食べ物、農業分野に携わり、IT技術を活かせるようになりたいと考えるようになったのです。
そう考えていたときに、山口県庁で働いている大学の先輩から、東京で萩市地域おこし協力隊の説明会があるから遊びに来ないかと誘われました。軽い気持ちで行ってみると、須佐で水産関係の事業をしている先輩隊員の方がいて、話を聞いていると、移住の足掛かりとして協力隊になるのもいいなと思いました。それで、一晩考えて、「農家になるために生きていきます」と会社に辞表を出しました。
ちなみに、その地域おこし協力隊説明会では、現在のパートナーとも出会っています。
―トマト農家になったのはなぜですか?
自分の好きなものを作りたかったからです。トマトが好きだったので。あとは、ワインが好きなので、ワイン用のブドウができたらいいなという気持ちもありましたが、ある程度の樹齢がないと安定しないということで、ブドウを植える場所を探しつつ、そのスキルも培える果菜類を作ろうとトマト農家に決めました。そんな時に、ちょうど地域おこし協力隊で、むつみ地域でトマト農家を募集していたのです。
―協力隊時代はどんな活動をされたのですか?
トマト農家で研修を受け、農業法人で草刈りや稲刈りの修業をし、農業一色の日々でした。協力隊2年目には、ハウス1棟を切り盛りするというミッションで、ほぼ、あぶトマト生産者として活動し、通常は3年間の任期を1年9ヶ月で退任して新規就農しました。
―協力隊時代の思い出は何ですか?
一番は、やはり「ひまわりロード」の手伝いなど地域行事に参加させてもらって、地域の方々の協力のおかげでスムーズに農家になれたことです。移住2年目の秋から神楽を始めたのですが、そのことが、助けになりました。実は、ビニールハウスや農地を買う話になった時に、「よそ者に譲るのは不安だ」という地主さんの声もあったのです。ですが、その方は神楽が大好きで、私が神楽をやっていることを知ると、「そこまで真剣に考えてくれているなら大丈夫だろう」と土地を譲っていただく話がまとまったのです。
―神楽の力はすごいですね。どうして神楽を舞おうとしたのですか?
海外生活が長かったので、日本の伝統芸能や文化に憧れがあったのですが、阿武町福賀(ふくが)の祭りで石見(いわみ)神楽を見た時にすごく感動しました。地元出身の方は、中学生時代に神楽を習っていたという話を聞き、この地域に住み続けるなら、自分もこういうことをやってみたいと思うようになりました。移住2年目に地域の消防団に入ったのですが、そこに「むつみ神楽保存会」の会長がいらっしゃって、手伝いに誘われたのがきっかけで、自分も舞うようになりました。
―トマト農家としての日々はどうですか?
2018年の4月に創業し、現在7期目を迎えます。新規就農5年目には足を草刈機で切る大ケガをしてしまい、より道もあったのですが、昨年6年目にして「一人前の農家」と言われる反収8トンの目標を超えることができました。
※反収・・・農作物が1反(約1000㎡)の広さあたりでどれくらい収穫できたかを表す単位。
―おめでとうございます!そこに至るまでのプロセスはどんな感じだったのでしょうか?
1年間の流れとしては、まず、春先に天井ビニールを貼ります。苗を育てながら、畑の準備。5月に定植。木が伸びるのに合わせて木の手入れをしながら、6月末から収穫がはじまります。木の手入れをしながら収穫を重ね、11月の末までにトマトの実を取り切って撤収します。冬は雪が降るので天井のビニールをとり、冬場は別の仕事をします。流れの中で、少しずつ植え付ける本数を増やし、ビニールハウスの棟数を増やしていって、今は5棟管理できるようになりました。木の管理も追いつかせながら、ロスが出ないように収穫できるようになり、一つひとつの作業を少しずつよくしていった感じです。
―農作業は何人でやっているのですか?
2018年の2月にお付き合いしていた協力隊の同期と結婚しました。農作業のメインは自分がやっていますが、苗の植え付けや収穫の繁忙期を中心にパートナーと二人でやっています。
―地域おこし協力隊同士のご結婚で、菜の花畑で結婚式をされました。どのような式だったのでしょうか?
「むつみ菜の花祭り」の日に、約570万本の菜の花が咲き誇る「むつみフラワーロード」で、結婚式をしました。プロデュースは、パートナーが前職で関わりの深かった新井達夫さんがご好意でやってくださいました。新井さんは、鎌倉と萩の二拠点でレストランやウエディング事業を手掛けており、浜崎地区の古民家を次々と再生されている方です。
式のコンセプトは、この結婚をむつみの大地に誓うというもので、誓いの言葉もそういった内容でした。パートナーの出身は千葉県なのですが、千葉県の県花は菜の花なのです。そんな縁もあり、当日は雨予報だったのに、式の間は降らずにいてくれました。式には、お世話になった方々が作業服で駆けつけてくれました。
式のあとは公民館に移動して披露宴を行いました。食事は「農家レストラン むつみ・キッチンばぁ~ば」にランチボックスを作ってもらい、協力隊の料理人(現在はレストラン「彦六又十郎」のオーナーシェフ)に「萩むつみ豚」のローストポークとパエリャを作ってもらいました。「岩川旗店」には、トマトとひまわり、うり坊が描かれたあずま袋を作ってもらってランチボックスを包み、引き出物にしました。ほかにも、八千代酒造の鏡開きもさせてもらったし、むつみ神楽保存会の神楽も舞ったし、移住のきっかけとなった阿武町の親友も駆けつけて餅まきをしてくれて、とにかく地域一丸となって祝福していただきました。パートナーも農業未経験だったのですが、この結婚式のおかげで大変な農作業もがんばろうと思えているようです。
―生産しているトマトはどのような特徴がありますか?
「山口あぶトマト」は、産地全域がエコファーマーで、土づくりも環境にやさしい方法で行っています。栽培しているのは、「麗夏(れいか)」という品種です。「山口あぶトマト」は、「桃太郎」と「麗夏」や「麗月(れいげつ)」の2系統を栽培しています。「桃太郎」は、甘みがあり生でもおいしいのが特徴です。「麗夏」は酸味と甘みのバランスがよくすっきりした味わいで、火を入れても形が崩れにくいのが特徴です。「麗夏」は北九州方面のモスバーガーで、ハンバーガーのトッピングにも使われています。少しかためなので、料理がしやすく、昔ながらのトマトの味で、トマト好きの人が好むトマトだと思います。
―どのようにして食べるのがおすすめですか?
生食が一番なのですが、料理しやすいので、家ではよく「ラタトゥイユ」にしています。味が濃いので、調味料をあまり入れなくてもいい味が出ます。チーズをのせてオーブンで焼くのもおいしいですよ。
―栽培しているのは、一種類だけなのですか?
現在は戦略として、一アクションあたりにとれる収穫量が多い「麗夏」だけを選んで栽培しています。
―こだわりや大切にしていることは何ですか?
土づくりをしっかりやることです。冬場に土に有機物を入れて、夏場は必要最低限の肥料をコントロールしながら入れ、水はたっぷりやっています。大玉トマトは水を吸えば吸うほど大きくなりますが、一度にたくさん水を吸うと割れてしまいます。なので、少しずつ水をやりながら大きな玉にしていくようにします。それと味を良くするために、水と肥料分(カリウム)がバランスよく吸えるようコントロールする工夫をしています。そのためにIOTを活用しています。
―IOTの活用とは、具体的にどのようなことをしているのでしょうか?
今、萩・明倫学舎に入っているハイテクインター株式会社という東京の会社と組んで実証実験をしています。具体的には、水分センサーで地中の水分量を可視化し、木がどれだけ水を吸っているのかを見極めながら灌水(かんすい)量を調節して、おいしいトマトを作れるようにしています。
―これからチャレンジしたいことは何ですか?
IOTや今ある技術をフル活用して、安定した出荷量を実現させたいです。今まで見えていなかったものを可視化することで、より品質の高いものを栽培できるようにしていきたいです。ベテラン農家の熟練のカン、体で覚え込んできたノウハウをすぐに身につけることは難しいので、素人でも効率的に生産できて、トマト農家で食べていけるように新規就農者が来た時にもその支援ツールとしてIOTを普及させたいと考えています。
―儲かる農業、儲かる仕組みについて、教えてください。
徹底的な業務分析をすることです。何をどう頑張れば、どういう結果につながるのかを徹底的に分析し、一つひとつのアクションがコストなので、そのアクションから何が得られるかトライアンドエラーを繰り返して、ようやく6年目に実を結んだ感じです。
農業にはまだまだ可視化されていないものがたくさんあります。それをIOTで可視化し、安定的な生産につなげることが、これからの儲かる仕組みづくりにつながると考えています。
―この仕事のやりがいは何ですか?
汗水たらしてがんばった分、直接「生きる糧」を得られるということです。自然の中で作業をしているので、ふと外を見ると、とんでもなく美しい景色が広がっている……そんな時、地球で生きているという実感が得られるのです。
一方で、自然災害もあります。台風でハウスが壊れたり、大雨で水没したり、雪でつぶれることもあります。いつ何が起こるかわからないという不安は常にあって、だから、全力で神頼み。そのために神楽を舞います。これが本来の人間の生き方なんじゃないかと感じています。
―これから農業を始る方へのメッセージをお願いします。
私は、未経験から農業を始めました。現在、IOTで熟練のカンを可視化できるように取り組んでいます。数値にして可視化することで、誰が見てもわかりやすく、取り入れやすい技術を共有できるようにしたいと考えています。ぜひ、一緒に「山口あぶトマト」生産者として、活動しましょう。
貴重なお話ありがとうございました。IOTを活用したトマト栽培からますます目が離せません。さらなるご活躍を期待しています!
山口あぶトマトについて詳しくは
⇒ぶちうま やまぐち ホームページ/山口あぶトマト
をご覧ください。
基本情報
会社名又は個人名 | 高橋 伸匡 |
---|---|
住所 | 〒758-0303 山口県萩市高佐下 |
電話番号 | |
URL | https://www.facebook.com/nobu.takahashi.779 |
販売場所 | 山口県内のスーパーや直売所 |