萩のつくり手 <第21回>
「大井のタマネギ農家」渡辺 歳長(わたなべ としなが)さん

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  • 大井のタマネギ
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大井川沿いにある萩市大井地区の坂本。集落へ続く市橋(いちばし)という橋を渡ると、趣のある瓦屋根の家々や、田畑が広がる美しい風景に目を奪われます。市橋付近では、6月ごろ、川沿いを乱舞する蛍が見られることも。そんな坂本で、2015年にやまぐちブランドに認定された「大井のタマネギ」を生産する渡辺 歳長さんにお話を伺いました。

 

−出身はどちらですか? 代々農家だったのでしょうか?

萩市大井です。この家で生まれ育ちました。元々この家には、後継ぎがいなかったため、古い言い方で「取子取嫁(とりことりよめ)」と言っていましたが、両親はそれぞれ別の家から来ました。農業だけでなく、父は左官の仕事をしていました。結婚して、男の子3人を育てました。現在は、97歳の母と自分たち夫婦、そして長男一家の家族7人で住んでいます。孫2人との生活は、にぎやかです。

 

−どんな幼少時代を過ごしたのでしょうか?

私は団塊の世代で、当時は、近所に子どもがたくさんいましたので、家の裏山に登って飛び降りる遊びや、ビー玉、メンコなどで遊んだ記憶があります。雑誌を読むのも好きでした。今は、子どもが随分と少なくなってしまいましたが、私の頃は、同級生は50人くらいいて、2クラスありました。

 

−学生時代に取り組んだことや、その後の進路について教えてください。

大井の小中学校を卒業後は、昭和38(1963)年に、奈古(なご)高校(現:萩高校奈古分校)に進みました。農業高校だったので、農業全般の実習がありました。豚を飼っていて、毎朝、エサに残飯を集めてあげていたのを覚えています。
その後の進路は、農業とは関係ないのですが、国鉄(現:JR)に就職しました。国鉄を選んだ理由は、家業の農業と両立しやすかったためです。転勤はなく、実家から通うことができ、定期的に休みもありました。駅で働いていましたが、大変だったこともあります。手動で線路のポイント(列車の方向)を変える作業があるのですが、一人で何箇所もやらなければならず、雪の日は大変でしたね。それに、雨量が多くなると運行ができないので、バスへの振替輸送の手配もありました。新米の時は、貨物列車の貨車の入れ替えのコツがわからず苦労しました。
よかったのは、国鉄職員は国鉄に業務上無料で乗れるので、色々と旅行に行けたことです。勤めの後半、管理職になってからは、ストライキの対応などが大変でした。国鉄がJR西日本に移管し、改札が自動化したり、時代の流れを経験しましたね。

 

−ふるさとへはどんな思いがありますか?

「大井ふるさと愛好会」に入って、会計を担当しています。今は、大井の史跡の掃除、鵜山(うやま)を探索する人のために、案内板を設置する活動をしています。鵜山には、夏みかん畑とともに、グロと呼ばれるアーチ状の石積の構造物があります。3〜5mほどの高さがある石積は、何のために建てられたのか未だ不明で、歴史ロマンを感じられる場所です。大井は、歴史ある地区なので、古代の城跡あり、史跡あり、出土品もたくさん出ており、その歴史を探求する活動は、大変おもしろいです。

 

−2015年に「やまぐちブランド」に認定された「大井のタマネギ」。渡辺さんは、長く生産をされてきたのでしょうか?

私自身は、勤めがあったので、定年退職後に本格的に栽培に関わってきたのですが、それまでは、家族が中心にタマネギを栽培していまして、30年近くになります。大井は、もともとは、ほとんどが田んぼだったのですが、昭和30年代に農業構造改革があり、圃場(ほじょう)整備などもあって、そのあとから柑橘栽培が盛んになりました。高齢化で担い手が減ってきてしまいましたが、大井のタマネギは、農協のタマネギ部会に30人ほどの生産者が入って作っています。
※圃場・・・田や畑など農地のこと。

 

−「大井のタマネギ」の特徴を教えてください。

大井のタマネギは、タマネギに適した砂壌土の圃場で栽培するため、肉厚で甘味があるのが特徴です。さらに、生産者が出荷するときに、傷がないか品質確認をしながら、一つひとつ薄皮1枚のキレイな状態になるまで手作業で皮をむいて箱詰めをします。そのため、光沢があってとても美しいです。このようにみがく理由は、おいしいタマネギを少しでもいい状態でお客さまに届けることで、価値を上げたいという思いがあります。

 

−タマネギの種類はどのようなものがありますか?

私が栽培しているのは、早生(わせ)の「七宝(しちほう)」、「アンサー」、中生(なかて)の「ターザン」、晩生(おくて)は「もみじ」。それと皮が赤い品種で、サラダに入れて食べるのに適している「くれない」です。

−栽培時のこだわりや大切にしていることは何ですか?

JAが作っているタマネギの栽培暦に沿って作業していきます。草が生えるとタマネギが草に負けて生育が悪くなってしまうので、草が生えないように、病気が出ないように早め早めの対策を行うように心がけています。

 

−タマネギの他には、何を栽培されていますか?

ここ大井地区は、稲の採種圃場の指定になっています。みなさんが作る米の種を作るわけです。大井には、2種類の稲の採種圃場があります。七重(ななえ)、本郷(ほんごう)、羽賀(はが)では、「ひとめぼれ」。ここ坂本を含む大井地区では「ひのひかり」の採取圃場として、種を作っています。今、山口県では、「ひとめぼれ」「ひのひかり」の種の圃場が大井だけになりました。米のほかには、山口県の農産物ということで、「はなっこりー」を作っています。栽培を始めて、もう10年くらいになりますね。全てJAに出荷しています。

−これからチャレンジしてみたいことは何ですか?

近年は、夏の気温が高く、せっかく収穫しても、貯蔵している間にタマネギの腐りが増えて困っています。せっかく収穫したタマネギの廃棄はできるだけなくしたいです。そのために、「極早生(ごくわせ)」の品種を試し、タマネギの品種を変えて、少しでもロスが出ないように工夫していきたいと考えています。それと、今は勤めに出ている長男が、定年後に引き継いで、歳を重ねても働いていけるといいなと思っています。

 

−1年間の仕事の流れは?

色々やっているので、年間を通して作業があります。1月には、柑橘の収穫があり、それから「はなっこりー」。5月にはタマネギの収穫。タマネギの収穫後は田植え、そして稲の収穫。田んぼが終わると、タマネギの圃場の土作りをします。その後はタマネギの播種(はしゅ)です。9月頃に苗づくり、その後タマネギの苗の定植。とにかく季節に追われているので、休みがあるようでない感じです。
※播種・・・種子をまくこと。

 

−大変なことはなんですか?

真夏の暑い時期に草刈りをしなくてはならないので、体力が必要です。それと、物価高騰の煽りを受けて、肥料や農薬など価格が値上がりしている点は、大変です。

 

―農業の魅力は?

食べ物を自給できるところ、そして、自分のペースで働けるのは、いいところですね。自分たちが食べる物を自分たちで作れると、安心感があります。

 

−いつからJAタマネギ部会の部会長になられたのですか? 部会長になられてどうだったでしょうか?

部会長になったのは、令和4年5月の役員選挙からです。部会長として、会員のお手本となるように、タマネギ栽培に取り組んでいます。

 

−令和5年5月には、初の試みである「大井においで!〜タマネギ・甘夏とれとれ祭〜」が大井公民館で開催されました。イベントは、いかがでしたか?

大井の特産品の甘夏やタマネギをPRするためのイベントで、JAタマネギ部会、JA柑橘専門部会、大井ふれあい市による販売もありました。

収穫のよろこびを知ってほしいと、甘夏畑やたまねぎ畑での収穫体験、袋詰め放題などを企画しました。前日は雨で、足場が悪かったのですが、大井地区以外にも、お子さま連れのご家族など、たくさんの方が参加され、収穫体験を楽しんで帰られました。「また、開催してほしい」という声をいただいており、来年も開催する予定です。

大井のタマネギについて詳しく知りたい方は、
⇒萩の食材/大井のタマネギ
⇒【特集】味も品質も全国に誇れるブランドたまねぎ 「大井のたまねぎ」のご紹介
⇒やまぐちブランド ホームページ/大井のタマネギ
をご覧ください。

基本情報

会社名又は個人名 渡辺 歳長
住所 〒759-3611 山口県萩市大井坂本4764
電話番号 0838-28-1340
URL
販売場所 市内スーパー、地域のイベント(大井ふれあい市など)

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